
サラネ20周年特別企画
サラネ20年史
-パソコンとサラス@のページ-
2000年4月に突如誕生したsara-net(当時はサラス@のページ)。
2020年に20年を迎えるにあたり、
ちょっと振り返ってみようと思い立ったのでございます。
パソコンが家にやってきた
1998年、
パソコンが家にやってきました。
そのときの詳細は平行するツクールと私2回目で紹介しておりますので、
ある程度は割愛させていただきます。
懐かしのコンプマートのオープンセールで、
プリンター(BJC-410J)とセットで9万円だったでしょうか。
1998年としても低めのスペックで、OSはWindows95 OSR2。
一応、Windows98のアップグレードも付属しているモデルだったと思います。
当時白熱していたインターネットを楽しむべきのモデルだったようで、
当時のインターネットをするだけであればMMX Pentium 200Mhz、32MBメモリ、2GBのHDDのこのモデルは十分でございました。
最初からピンク色の画面で初期不良で交換してもらえば良かったのに、
たまに元に戻るからということで使い続けていたパソコン。
D-SUB15Pinはこうしたトラブルが多かったですね。
このパソコンによってインターネットの世界に足を踏み入れた自分でございましたが、
厳しい家庭環境、そして学校のパソコンは型落ちのFM-TOWNSということで、
全く操作を方法を知らず。
小学生という事でローマ字も分からず、
日本語の変換方法も分からず、
何も分からない状態でインターネットをしていた記憶があります。
「半角全角」で日本語、英語変換という事を知るのに半年要すぐらい何も知らなかった私は、
いつしかパソコンを使う人がいなくなったこのパソコンを自分専用の機械、
もとい、唯一の友達としてのめり込んでいったのでございます。
サラス@のページ

そんなポンコツPCを駆使して、
インターネットにのめり込んでいった私。
その当時のインターネットなんて今と比べると何が楽しいのか分からない情報しかないわけでございますが、
それでも、未来を感じたのでございます。
あまりにインターネットをやり過ぎて、
連絡網で電話をかけてもつながらないという苦情や、
当然高額請求が届いて怒られるというインターネットあるあるも経験します。
当時から発信することが好きな私は、
いつしかインターネットを見るというところから、
(日本語入力がおぼつかないのと極度の人見知りが故に掲示板に書き込む、チャットに参加するという事は出来ませんでした)
「ホームページを作りたい」
という欲が出てくるのでございます。
丁度そのときはまっていたツクールのゲームを発信したいという気持ちも強まり、
そこから当時は敷居の高かったホームページをどうにかして開設しようと奮闘することとなります。
無知オブ無知
90年代末、ホームページを開設するのが一つのステータスのような状況になっておりました。
ジオシティーズなどのサービスが始まったり、
プロバイダがインターネットのスペースをテンプレート付で提供したり、
書店に行けばホームページの作り方や素材などがあふれかえっておりました。
しかし、今と比べると遙かに敷居の高い世界で、
ようやく日本語入力が出来るようになった小学生の自分にとってはそびえ立つ山のような険しさでございました。
そのとき手に取った書籍が、「Word2000で作るホームページ」
ワードでホームページを作るというのがなんとも時代でございますね。
確かに、HTMLで出力は出来ますが。
しかし、当時の自分がこの本を見て勘違いしたのが、
「2000文字でホームページを作る」という意味だと思ってこの本を買ってしまったのです。
その当時パソコンに入っていたのはWord97。
そして、ワードといソフトすら知らなかった私にとっては、
ワード2000のインターフェイスすら理解出来ず、
購入当初で頓挫してしまうのでございました。
小学生故に誰に聞くことも出来ず、
インターネットで調べてみても、そもそもその当時は回線速度が細すぎるが故にワードでホームページを作るなんて御法度てきな風潮。
フレームタグやテーブルタグを使っているだけで烈火のごとく怒る人がいるぐらいの時代でございますので、
当時のホームページ作成講座はHTMLタグの羅列でございます。
ローマ字もおろそかな当時の自分にとっては何も分からず、時間が経過していきます。
その後、本を何冊か買い、
ワードというものがなんとなく分かってきたところでホームページの制作は進んでいきます。
本の通りに進めていくので何故かしばらくは当時のWindowsに搭載されていた「Web発行ウィザード」という機能を利用してアップロードすることとなるのですが、
今思えばその行動力に感服いたします。
サラス@のページの誕生

当時のプロバイダはBIGLOBEを使用しておりました。
確か5MBのスペースが用意されていたと思われますが、
当時としてはそこそこ多い方でございました。
当時のBIGLOBEのアドレスは、
http://www5a.biglobe.ne.jp/~xxxxx/
という形態でございました。
末尾の~の後がアドレス名なのですが、
5文字しか入力できないという縛りがあった記憶があります。
前述した「マックスコミック」は「マックス社」という名義で発行しており、
ツクールのゲームは「MAXSOFT」(厳密には「MAXSOFTO」)名義で制作しておりました。
サラスはその当時のツクール作品で必ず登場していたキャラクターつけていた名前で。
当初は「マックスコミックのホームページ」にする予定で、
それでも5文字しかアドレスが入らないということで/~maxst/と苦し紛れにつけたのです。
ただ、maxsoftにならなかったことにへそを曲げて、
マックスコミックにするのを諦め、
自分のハンドル名を「サラス@」にして「サラス@のページ」が誕生したのでございます。
この謎の行動力は現在に通ずる物があります。
執筆日:2020/03/16
コメント